仕事でも何でも「見える化」を推し進めれば、「ムダ・ムリ・ムラ」を指摘され、改善の末に全てに余裕なき現状に陥るものだ。大切な余白を失った現代人に思い出してほしい。
浮き世離れした雰囲気
わたしたちRESENSEは、すでに3台のメルセデス・ベンツSLに試乗している。
うち、R230と呼ばれる5代目は、今回で2台目。
1台目は3.5リッターV6エンジンを乗せたSL350だった。走行距離はたったの1.1万km。新車ほやほやのごとく、美しかった。
今回のテスト車はSL600。
5.5リッターV12ツインターボエンジンを鼻先に押し込んでいる。
SL350で味わった、とろりとしたはちみつのような、メルセデスらしいテイストとV12エンジンがどのような相乗効果を生むのか、試乗前から楽しみだった。
まずSL600と向き合って感じるのは、伸びやかなデザインがもたらす優雅さ。
このサイズで乗ることができるのはたったの2人。「むだ」である。そしてこの「むだ」が、浮き世離れした雰囲気に直結するし、まわりの雰囲気までも華やぐのだと思う。
リトラクタブル・ハードトップを閉じるとコンパクトなクーペのように見える。ギュッと中身が詰まっているようなかんじ。スポーティだ。ホロを開けると優雅な小舟のように見える。それぞれの対極的な雰囲気を1台で味わえるのもいい。
とはいえもう20年前の車である。だから決して大きくない。全長:4535mm、全幅:1830mm、全高:1300mm。
現代の車ほど「エグく」もない。この車が現役だったときは、派手なイメージがあったけど、今は愛らしくさえある。
車内に足を踏み入れると、そこはまさに「動くサロン」。高品質なレザーと木目パネルが視覚と触覚の両面でぜいたくさを演出している。そしてなんとこの個体も、20年の間で2万kmちょっとしか走っていない。新車のように美しい。
センターコンソールに整然と配置されたスイッチ類は操作しやすく、モダンなインテリアデザインと実用性が見事に調和している。
ハードトップを閉じた状態では外部の雑音がほとんど遮断され、静寂が支配する。Sクラスと遜色ないレベルにある。
あくまで優雅に走るため
お待ちかねのエンジンオン。くくくくくと長いクランキングを経て、フォン! と乾いたサウンドを発しながら5.5リッターV12ツインターボエンジンが目覚める。
アクセルペダルに軽く触れるだけで、SL600はなめらかに前に進む。
なめらかでありながら、圧倒的なトルクの存在を少しずつドライバーに気づかせる。低回転域からのパワーは実に余裕があり、街中の走行でもアクセルを深く踏む必要はほとんどない。
せっかくなのでアクセル踏力を徐々に増す。
車体はぴたりと路面に張り付きながら、わずかにエンジン音を高めて前に猛進する。そっとアクセルペダルを離すとはるか遠くから、ヴォヴォヴォヴォっと控えめなバブリング音が聞こえる。
V型12気筒とはいえ、跳ね馬のような甲高い音のシンフォニーではなく、あくまで優雅に走るための脇役として、ボンネットの中の機械は実直な仕事をしてみせる。これがまた優雅だ。
さらに乗り心地は快適そのもの。路面の凹凸を吸収しながらも、しっかりとした安定感を保っている。
とかくすべての所作が粘っこい。アクティブ・ボディ・コントロール(ABC)がコーナリング時のロールを最小限に抑え、路面をしっかりと掴む。
たしかに限界走行を試みると物理的な制約を意識せざるを得ないときはある。一方で、この車を真に楽しむためには、そうした過激な運転よりも「余裕を持ったグランドツーリング」を心がける方が似つかわしいのではないだろうか。
ふとショーウインドウに映る車と、その中に乗っている私が、あまりにも似合っていないことに気がつく。
忘れてはならないのは、この車が、明らかに人を選ぶ点。身なりや年齢、所作など、似合わないひとはまったく似合わない。
だからこそ、この車に自然な敬意が生まれる。お金を払えば乗れるといったたぐいの車ではない。所有する権利を有することから、まずは喜びなのだ。
権利を有するものにのみ与えられる、優雅な佇まいと、V12の静かなメロディ。
クルマが人を選ぶこともある。SL600にはどんどん人を選んでほしいと思う。
SPEC
メルセデス・ベンツ SL600
- 年式
- 2003年式
- 全長
- 4535mm
- 全幅
- 1830mm
- 全高
- 1300mm
- ホイールベース
- 2560mm
- 車重
- 1990kg
- パワートレイン
- 5.5リッターV型12気筒ツインターボ
- トランスミッション
- 5速AT
- エンジン最高出力
- 500ps/5600rpm
- エンジン最大トルク
- 800Nm/1800〜3500rpm
- タイヤ(前)
- 225/40R18
- タイヤ(後)
- 285/35R18