2012年式アストンマーティンV8ヴァンテージ。内外装のデザインはもちろんのこと、4.7リッターV型8気筒ユニットや6速シーケンシャルギアボックスなど見るべき所は多い。デビュー10年目の今、感じることは? 試乗レポート。
INDEX
アストンマーティンの現在
「アストンマーティン」と聞いて読者諸兄はどのモデルを思い浮かべるだろうか。
映画「007」でショーン・コネリーからダニエル・クレイグまでもがハンドルを握ったクラシカルなDB5か。あるいは流麗なボディを纏った4ドアサルーンのラピードか。いまやSUVのDBXもある。
同社の現行ラインナップは、5モデル。先述の「DBX」「ヴァルキリー」「DB11」「DBS」「ヴァンテージ」だ。
ヴァルキリーは6.5リッターV型12気筒(1160ps/900Nm)を搭載する、いわばハイパーカーだ。DB11はDBSよりもGT(グランドツアラー)的キャラクターが強い。DBSはダイナミクスに更に磨きをかけたモデルと言って良いだろう。
余談だが「DB」はサー・デイヴィッド・ブラウンの頭文字。同社の一時代を築いた一人の男の名前である。
そして「ヴァンテージ」がある。2017年デビューの現行モデルは4リッターV型8気筒と5.2リッターV型12気筒(限定車)の2本柱。4世代目にあたる。
ヴァンテージは現行ラインナップ中もっとも小さい。価格も然り。パワーもまた。
初代は1977年に登場。平均すると10年ごとにフルモデルチェンジした。この記事で焦点を当てるのは2005年に登場し、2008年にマイナーチェンジした3代目のV8ヴァンテージ(2012年型)である。
数字で知るV8ヴァンテージ
この世代(3代目)のアストンマーティン・ヴァンテージが搭載するエンジンは4種類あった。1つは登場間近に搭載していた4.3リッターV型8気筒ユニットだ。385psと410Nmを発揮した。
もう1つは、アストンマーティンV12ヴァンテージが搭載していた5.9リッターV型12気筒ユニット(517ps/570Nm)。これはのちにV12ヴァンテージSとなり、排気量こそ同値なれど573ps/620Nmを湧出するに至った。これが3種類目。
そして4種類目。登場から3年後の2008年、4.7リッターV型8気筒ユニットが登場。426psと470Nmを叩き出す。実に12%と15%のアップである。ボアの拡大によって、排気量は増えたのだった。
ボディサイズは全長:4380mm、全幅1870mm、全高1260mm、ホイールベース2600mm。小さいと感じるのも当然だ。新車価格は1554万円(税込)だった。
価格スペックともに近かったポルシェ911GT3のボディサイズは全長:4445mm、全幅:1810mm、全高:1280mm、ホイールベース:2355mm。こちらの新車価格は1598万円(税込)
サスペンションはV8ヴァンテージが前後ともにダブルウィッシュボーンを採用するのに対し、911GT3が前:マクファーソンストラット、後:マルチリンク。
V8ヴァンテージが、いわゆるシングルクラッチの6速ATを採用している点も乗り味の印象に大きく影響するだろう。
「生々しさ」はどこから?
ボディに埋め込まれたドアノブの前方を押し込むと後方がせり出てくる。これを引くとドアは跳ね上がるように開く。
黒いレザーで包まれた室内は比較的タイトだ。この10年でいかに内装のしつらえが精緻になったかを感じる一方で、ハンドメイド特有の温かさを感じる。
手に触れる素材はすべて、見た目通りのアルミニウムだったりレザーだったり、ガラスだったり…。フェイクとは無縁だ。
われわれの拠点ガレージでエンジンを掛ける。クリスタルキーを押し込むと、一瞬のクランキングの後にV8エンジンの咆哮がそこら中で反響する。ちなみに高級感あるガラス製クリスタルキーは、この後期モデルからの装備である。
ギアはそのクリスタルキーの左右にあるボタンで決める。左から順に「SPORT」「R(リバース)」「N(ニュートラル)」「D(ドライブ)」となる。
Dを押す。ドライバーズシートの右下にあるサイドブレーキレバーを一瞬持ち上げ、それをフロアまで下ろすと走り出すことができる。直感的とは言い難いけれど、一連の儀式と考えることもできる。
マニュアル車のアクセルを踏むようにじわり。マニュアル車クラッチを繋ぐ動作は機械側がやってくれる。そのマナーはまるで人間がやっているかのようだった。
回転が高まる。そろそろ変速かな? と思うタイミングでアクセルを緩める。まだだったか…。最初はこんな感じで機械側の息遣いを探り探り。少しずつ息が合うようになったと実感するまでに、人によっては数時間掛かるはずだ。
自分がクルマに、クルマも自分に馴染んでゆく実感(あるいは一体感)がある。
秘めたるものを解き放った
拠点ガレージを出て、5分ほど小道を走ると太い道に出る。トラックが長年掛けて作ったアンジュレーションもあり、われわれはここをテストコースと呼ぶ。
雨。構わず信号を左折した出口でアクセルを踏み込む。むずむずと蠕いていたV8エンジンはガッと喉を鳴らす。尻はそのまま流れ始める。ギュッと凝縮された美しいボディの内なるものは、そうとうに荒っぽいようだと予感する。
乗り心地は良い。数年前に触れたアストンマーティンV8ヴァンテージは後期型といえど硬めの記憶があった。その時履いていたタイヤの影響もあるのだろう。
これはしっとりと下からの入力をまとめ上げている。もちろん上下にたっぷりと動く脚ではないけれど、限られた上下動で積極的にフラットさを保っている。
ステアリングの反応も自然だ。左右に切ってみると敏感過ぎずリニアにノーズが向きを変える。ブレーキの感触も唐突さがなく、スムーズだ。
3500rpmにかけてエグゾーストノートがスピードとともにノッてくる。3500rpmを境に世界は一変する。
V型8気筒の独特の野太さに高音が和音として重なり合う。「咆哮」が「雄叫び」に変わる。「SPORT」モードは? これはオーナーにだけ与えられる特権。
「別世界」とだけ言っておこう。手にした人だけのお楽しみの為に。
所有した者だけが見る世界
アストンマーティンV8ヴァンテージを目にしていつも思い浮かべる光景は、同社が当時公開したプロモーションの為のビデオである。白いモデルであった。
雨の降りしきる英国の石畳。白いシャツに濃紺のジャケットを羽織った紳士が街を疾走する。これでもかと疾走する。
辿り着いた先で、投げつけるかのようにドアを開く。女性が現れる。傘を投げ捨て包容する。どしゃ降りの中、ドアは開いたまま…。そこで映像は幕を閉じる。
試乗の当日も同じ様な雨が降っていた。大きな水玉をいくつもボディに立たせた「ライトニングシルバー」のV8ヴァンテージは予想していた、いわゆる「シルバー」とは趣を異にしていた。
影の部分は、紫がうっすらと混ざったコクのあるシルバーだ。オパールを思い起こさせる。光が当たっている部分は白に近い。白といってもうっすらと青い。そして黄色い。また、シャープなエッジを境に色の見え方ががらりと変わる。
小さいなあとも思う。近頃のスーパーカーを考えると道理だろうか。ウエストラインがグッと絞り込まれリアに大きく張り出したフェンダーの先、天に向かってダックテールが跳ね上がる。
現行モデルが霞んで見えるのは無理もないか、なんて独りごちる自分もいる。
大粒の雨が止む気配はない。先述のプロモーションビデオの様な英国紳士に自分はなれるだろうか。少なくとも自分で手にすることで、紳士への第一歩となるチケットを得られるのだろうと思った。
SPEC
V8ヴァンテージ
- 年式
- 2012年
- 全長
- 4380mm
- 全幅
- 1870mm
- 全高
- 1260mm
- ホイールベース
- 2600mm
- 車重
- 1640kg
- トランスミッション
- 6速AT
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- ダブルウィッシュボーン
- タイヤ(前)
- 235/40ZR19
- タイヤ(後)
- 275/35ZR19