メルセデス・ベンツ S65 AMGクーペ(FR/7AT)英伊でできるなら独でも

「畏敬の念を抱く」という言葉がふさわしいのかもしれない。この12気筒の快楽さを一度覚えてしまえば、その走り出す前の独特なスターターの音だけで脳汁が垂れるのだ。

「畏敬の念を抱く」という言葉がふさわしいのかもしれない。この12気筒の快楽さを一度覚えてしまえば、その走り出す前の独特なスターターの音だけで脳汁が垂れるのだ。

心なしか緊張していた

大きなドアを開けると、甘い香りがむわっと押し寄せた。

最も高級な部類に属するメルセデス特有の匂いだ。室内の空気にはすでに重みがあって、それがそのままそのクルマの正体を物語っているかのようである。

心なしか緊張していた。

メルセデス・ベンツ S65 AMGクーペ(FR/7AT)英伊でできるなら独でも

ン億円のスーパーカーでもさほど物おじしない筆者だというのに。65AMGのステアリングを握るといつも(そしてどのモデルでも)、パフォーマンスオンリーなハイパーカーとはまた違った気分になってしまう。

ドライバーの性根をひっくり返す力があるとでも言おうか。いや、負けてはいられない。気を強く持ってエンジンスタートボタンを押す。

まるで普通のエンジンのようにV12ツインターボが目覚めた。

もちろん、それっぽい音はするし、振動も微かに感じる。けれどもスペックから想像するほどの威圧感はない。襲いかかってくるような獰猛さはないのだ。車体に十分飼い慣らされている。それを知って少しだけ安堵した。

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エンジンは猛獣であり、車体は檻で、その鍵はドライバーが握っている。早く開けろよと、獣から催促されるようなことはない。猛獣使いにでもなった気分だ。

それでも緊張感は拭えない。なぜか。泣く子も黙るAMGのトップレンジであるというだけではない。歴代65モデルの威力を知っているからだ。さらに言えば、メルセデスAMG謹製のV12エンジンには大いに敬意を抱いているからだ。

イタリアのパガーニが今なおメルセデスAMG製V12を使うと知れば、それ以上の説明は不要かも知れない。

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示しておきたかった

エンジンと言えば縁の下の力持ちでしかなく、あくまでも高機能性の一部でしかない。

つまり官能性にはまるでこだわりのないメルセデス製の内燃機関にあって、一連の12気筒と、一時の自然吸気8気筒だけは、全くもって別の存在であった。

おそらく、彼らにだって“味のあるエンジンを作ることができる”ということをごく限られたエンジンではあったものの示しておきたかったのだろう。イギリス人やイタリア人にできてドイツ人にできないことはない、と。

メルセデス・ベンツ S65 AMGクーペ(FR/7AT)英伊でできるなら独でも

実際にこれから65AMGに乗るかも知れない未体験の皆さんには、これくらい脅しておいた方がいいと思った。なぜならそのパフォーマンスは本当にとてつもないから。

例えばこのS 65にしても、歴代65モデルの中では決して軽い方じゃない。

事実、少し走り出した途端に今どき珍しくフロントにずしりと重さを感じる。フロントアクスルそのものが重い感覚は、バッテリーが嵩んで重い最近のヘビー級とはそもそも感覚が違っている。

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そこからじわりと踏み込めば、65エンジンの凄まじさを実感することができるだろう。

もし貴方がこのS 65をドライブし、隣に大切な家族や友人を乗せていたとして、アクセルペダルをほんの少し、そう6分の1くらい、踏み込んだとしよう。そこから始まる加速に助手席の友人からはこんな声が上がるに違いない。

「あのなぁ、街中で全開にするのはやめてくれよ〜」

もちろんドライバーである貴方にはそんなつもりはなかった。本当に軽く踏んだだけなのだ。

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踏んだらどうなるのか

だとすれば、もう少し踏んだらどうなるのか。

ハーフスロットルで周りの全てのクルマをあっという間に置き去りにして、完全なる一人旅になってしまう。フルスロットルはどうか。それはもう暴走域である。少なくとも一般道で“やっていい行為”ではないことだけは確かだ。否、ハーフでさえ・・・。

それゆえ高速道路ではとびきりのクルーザーになる。それは容易に想像がつく。むしろ想定外だったのは、この図体のでかいクーペを細いワインディングロード、もうほとんど林道というべき山間路に持ち込んだ時の走り様だった。

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ドライブモードはスポーツ。車体がぎゅっと引き締まる。SクラスがCクラスになったかのよう。もはやドライバーにボディサイズを問うことは無益だ。なにしろ“かなり小さい”と感じているはずだから。

走りはというと、もうまるでスポーツカー。

あまりの俊敏さに、誰か相手になるホットハッチがいないものかと探してしまったほど。ABCの威力を久しぶりに味わった。

メルセデス・ベンツ S65 AMGクーペ(FR/7AT)英伊でできるなら独でも

この豹変ぶりに、その昔のメルセデス・ベンツSLRマクラーレンの乗り味を思い出す。

かのスーパーカーは街中でトラックみたいに鈍重なドライブフィールだったけれど、250km/h以上の領域ではロードスターの様に軽やかだった。

S 65にそこまでの強烈さはないけれど、舞台によってキャラを潔く変えてしまう様子こそ、古き良きAMGの味わいであったとも思う。

“メルセデスAMG”なんて呼ぶ前の、関西人ならアーマーゲーと言っていた頃の、途轍もなさを思い出す。危なさ、怪しさ、おっかなさ。緊張して乗るくらいがちょうどいい。

SPEC

メルセデス・ベンツ S65 AMGクーペ

全長
5045mm
全幅
1915mm
全高
1425mm
ホイールベース
2945mm
車重
2170kg
パワートレイン
6リッターV型12気筒+ツインターボ
トランスミッション
7速AT
エンジン最高出力
630ps/4800-5400rpm
エンジン最大トルク
1000Nm/2300-4300rpm
タイヤ(前)
255/40R20
タイヤ(後)
285/35R20
  • 西川淳 Nishikawa Jun

    マッチボックスを握りしめた4歳の時にボクの人生は決まったようなものだ。以来、ミニカー、プラモ、ラジコン、スーパーカーブームを経て実車へと至った。とはいえ「車いのち」じゃない。車好きならボクより凄い人がいっぱいいらっしゃる。ボクはそんな車好きが好きなのだ。だから特定のモデルについて書くときには、新車だろうが中古車だろうが、車好きの目線をできるだけ大事にしたい。

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