海外に馴染みのない人がいきなり銃社会のアメリカ本国に渡るのはある種の冒険だ。何事にも順序があって、まず近くのアメリカ村やアメリカ通りの雰囲気から始めてみよう。
11代目サンダーバード
この記事の主役はフォード・サンダーバード。
サンダーバードと聞いて「おもてたんと、ちゃう…」と思ったあなたは正解。この11代目サンダーバード、通称レトロバーズはたったの4年しか製造されず、日本国内でもほとんど姿を目にする機会のない車だからである。
とはいえアメリカではとても人気だったという。2005年7月の廃止まで、およそ6万8000台が生産された。発売当初は人気のため供給が追いつかず、新車価格を値上げする事態まで発生した。
リンカーンLSと共通のDEWプラットフォームの前方にはジャガー製3.9リッターV8エンジンを搭載する。
2002年のサンダーバードは255ps/362Nmであるが、2003〜2005年式は、284ps/388Nmと強化されている。このエンジンもまた短命であり、最終型はたったの3年で幕を閉じた。およそ2万5000基しか存在しない。
2002年にはモーター・トレンド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。映画「ダイ・アナザー・デイ」「ソプラノ」「サンダーバード」などでも姿を見ることができる。
初代をオマージュした
近くで見ると、いかにこの車が、リトル・バーズ=初代をオマージュしたかがわかる。
たとえばハードトップの背中あたりに開けられた丸い窓。通称ポート・ホール・ウインドウは、マニアにとって涙ものだ。
それだけではない。
テールフィンこそないけれど、下部に段差がついたドアや、2トーンカラーのダッシュボード、シートのデザインや細かくあしらわれたメッキパーツなど、レトロ感が随所から感じられる。
同時に単なる懐古主義ではなく、サンダーバードを知らない者が見ても新鮮に感じられるだろうと思う。
トリムレベルはデラックスとプレミアムの2種類あったが、それぞれにほとんど差はないようだ。
細かい箇所としてはホイールのデザインの差、シートヒーターの有無くらいのもので、大きいところでいうとハードトップの有無である。
そうそう、このサンダーバード、ハードトップを装着した姿、その下にはソフトトップ、そしてオープンエア、3種類の姿をもって楽しむことかできる。
ゆっくり、ゆうゆうと
結論から申し上げると、乗り込んで眼前に広がる景色も、そして走りも、まったくもって「ふつう」だ。終始イージー。
一般道を走る限り、穏やかで何の破綻もない。アメリカのふつうの車。それに尽きる。
乗り心地は硬すぎず、やわらかすぎず。ハンドリングも鋭敏すぎず、だるすぎず。だから圧倒的にラクである。スピードを出そうという気にもならず、気づくとゆっくり、ゆうゆうと走っている。
主張しすぎないV8エンジンのなめらかな回転感と、それをちょっとだけゆっくりと動作する5速オートマティックの影響が大きいのだろう。
長距離の移動も疲れ知らずに違いない。
「書くことがない…」。なかなかこんな車はない(苦笑)。
興味深いのは、参考までに読んでみたイギリスやアメリカの試乗レビューも、同じ結論である点だ。
いっぽう喜ばしいのは、アメ車初心者にとっても、非常にハードルが低い点。
いきなりコルベットやマスタングは正直言って怖い(わたしがそうだ)。これならば、と踏み切れる存在(価格やサイズ感)だし、乗ってみたらほとんど人とかぶることがない。仮にちょっと楽しんで売ろうと思っても、大損しない相場感である。
気軽なアメリカン。ちょっとそのへんにハンバーガーをかぶりつきにいく気持ちでサンダーバードを試してみるのも悪くない。
文:上野太朗(Taro Ueno)
SPEC
フォード・サンダーバード・コンバーチブル
- 年式
- 2006年式
- 全長
- 4732mm
- 全幅
- 1828mm
- 全高
- 1323mm
- ホイールベース
- 2722mm
- 車重
- 1699kg
- パワートレイン
- 3.9リッターV型8気筒
- トランスミッション
- 5速AT
- エンジン最高出力
- 255ps/6100rpm
- エンジン最大トルク
- 362Nm/4300rpm
- タイヤ(前)
- 235/60R17
- タイヤ(後)
- 235/60R17