同じ本でも幼い頃の感想と年数を経た「今」の感想は全く違うことがある。人生経験や価値観の変化で新たな角度から意外な発見があるものだ。996は今その時期ではないか?
基本コンセプトを変えず
世界で最も有名で、皆がリアリティ持って憧れるスポーツカーといえばポルシェ911に尽きる。
昨年に初代発表から60周年を迎えた911。フラット6のリア置きリア駆動(RR)の2+2パッケージという基本コンセプトを変えずに作られてきた。
RRという無理難題(大きなエンジンをリアに置くことなど誰もやらなかった)を手懐けてきた歴史がブランドを作ったということもできる。
いずれにしても生まれてから半世紀以上にもわたって一度も名前やコンセプトを変えずに現代へと至る国民的かつ世界的なスポーツカーなど、コルベットが宗旨替えした今となっては他に見当たらなくなってしまった。
現行モデルの992型で第八世代を迎えている。
空冷と水冷を大きな分岐点とし各世代に熱烈なファンを擁するのも911シリーズの特徴だ。裏を返せば、いずれも911だったということで、そのブレないブランド力が各世代の魅力をモデルチェンジ後も引き立てていると言っていい。
そんな911の歴代モデルにあって、人気的に最も虐げられているシリーズがまさに空冷と水冷の分岐点となった五代目996である。
ポルシェが空冷フラット6を見捨てた!という衝撃のみならず、経営の厳しさが増す折に不用意なコストダウンによる見た目の劣化がコアなファンの神経を逆撫でにしたようだ。
品質の問題もあった。
しかしながらボクスターと996型の911は販売面においては人気を博し、倒産寸前だったポルシェを救っている。
996は現代の繁栄をもたらしたポルシェの救世主でもあった。
ユーザーとは現金なもの
顔つきを改めた六代目997以降は再び人気を取り戻したのだから、ユーザーとは現金なものである。もちろん水冷エンジンの進化もあったが、何より“見てくれ”が大事であったことのそれは証であろう。
996はそんなに不恰好だろうか? 世の中の風評が勝手なイメージとなって刷り込まれているだけじゃないか?
心をクリアにして予断をもたずに眺めてみれば、“水冷ナロー”ともいうべき996の基本形は、これはこれで味わい深いデザインだと私は思う。
思うどころじゃない。911の殻を破ったモダンなデザインとしてもっと評価されていい。これでいい、ではなく、これがいいと積極的に思えるカタチだ。
前期のボクスター顔も悪くない。オレンジのマーカーなんて最高に個性的じゃないか。今回試した後期型もシンプルなグレードであれば996らしさが滲み出ていて素晴らしい。
なにしろボディサイズがいい。
小さすぎず、大きすぎず。キャビンは小さく、そのぶん、ボディラインの抑揚がダイナミックに見えている。乗り込めば、隣との距離が近い。なんなら運転席から助手席のドアノブに手が届く。ナローだ。
もちろん993よりは少し大きくなったのだが、走り出せばわかるけれど、車体は十分に軽い。粘りの効いたティプトロでの加速では、3000回転からの力強さが秀逸だった。
みんなが振り向かない911。だからこそ、愛おしい。
自分だけが振り返っているという満足度は意外に侮れないものがある。
しかも、その自己満足が究極的になるのが、GT3やターボといった役物ではなく、素カレラだから狙い目だと言える。
996なんか嫌だという人
そうなのだ。996なんか嫌だという人に限って、GT3なら、ターボなら許せると宣う。
役物グレードなら偉いという刷り込み。それが世間のクルマ好きの標準だというなら、その逆を向いて素カレラの、撮影車両のような小さいタイヤ仕様を選ぶのがツウの作法というものだ。
ポルシェ911の魅力は必ずしも高性能にあったわけじゃない。
もちろんモータースポーツでの活躍など“そんなイメージ”は大事だった。けれども実際には+2パッケージの実用性や運転のしやすいボディサイズ、愛嬌あるスタイリングなどが他のスポーツカーにはない魅力として多くのファンに認められたからに違いない。
そう考えると世にも不人気な996こそ最も911らしい存在だと思えてくる。足回りの調子さえ整えば、その走りは十分にモダンだし、速さも現役だ。
不評だった当初の水冷エンジンだって、最新モデルに比べればかなりエモーショナルに回ってくれる。993と比較して鈍臭いと思われただけで、今となってはなかなか味わい深い。
予算が許すのであれば3ペダルギアボックス仕様を探してみて欲しい。長く楽しめるスポーツカーだと思う。
けれども今回改めてティプトロに乗ってみれば、最新PDKのさっぱりしすぎたテイストより、まるで納豆のように粘っこい味わいがやっぱり気に入ってしまった。
普段乗りにはティプトロのちょっとだらけた変速がかえってちょうど良い。人間、そういつもいつもピリッとしているわけにはいかないのだから。
構えずに楽しむ911。水冷ナローは今こそ買い時だ。
文:西川淳(Jun Nishikawa)
SPEC
ポルシェ911カレラ
- 年式
- 2004年式
- 全長
- 4430mm
- 全幅
- 1770mm
- 全高
- 1305mm
- ホイールベース
- 2350mm
- 車重
- 1400kg
- パワートレイン
- 水冷3.6リッター水平対向6気筒
- トランスミッション
- 5速AT
- エンジン最高出力
- 320ps/6800rpm
- エンジン最大トルク
- 370Nm/4250rpm
- タイヤ(前)
- 225/40R18
- タイヤ(後)
- 285/30R18