フェラーリF355は、「一度乗っておくべき」と断言できる名車である。時代が生んだ芸術作品を、内外装、パワートレイン、そして2022年現在の市場相場から見つめる。
INDEX
なんと美しくシンプルな車か…
フェラーリF355を目の前にしていつも思う。なんと美しくシンプルな車なのかと。
深くえぐられたり、鋭く突き出したりするボディ要素はほとんどない。それでも華がある。
ピニンファリーナが線を引いた低く構えるノーズ。ボディサイド中腹で控えめに開けられたインテーク。トンネルバックのリアウインドウにダックテール。幅広いリアの両脇にある丸目4灯テールライト。
90年代のあの頃、スーパーカーの模範解答と断言できるスタイリングに強く心奪われた向きも多いことだろう。それから30年を経た今も色あせていないことに感嘆する。
そんなフェラーリF355の魅力はスタイリングだけではなく、パワートレインにまで及ぶ。まずは歴史を振り返り、相場の近況や試乗インプレッションをお伝えしたい。
知っているようで知らないF355
フェラーリF355はフェラーリ348とフェラーリ360モデナを先祖/後継にもつモデルで、「35」は3500cc、「5」は5バルブからとった。余談ではあるけれど、348は「34」が3.4リッター、「8」はV型8気筒。360は、3.6リッターから来ている。
なおF355の中で世代分けする際に「前期/中期/後期」という向きも多いがこれらは年式で区切られているわけではないので要注意。
シャシー番号末尾で区切られており
1994年5月〜1994年12月:PA=前期
1995年1月〜1996年3月:PR=中期
1996年4月〜1998年12月:XR=後期
つまりXR=後期が最も長く、多い。
またエンジンマネージメントシステムが2つに分かれる。前期/中期はボッシュ製モトロニックM2.7、後期は同M5.2となる。エンジンルームを覗くとエアフロの形状が異なる。前者は左右各バンクに1基ずつ。後者は中間で左右から1本化され、のちに左右に分かれる。
ボディタイプは
・ベルリネッタ(いわゆるクーペ)
・GTS(ディタッチャブルトップ)
・スパイダー(幌のオープン形式)
に大別されており、初めて6速MT、そして6速AT(シングルクラッチ)=F1マティックを採用したフェラーリでもある。
筆者個人としては、内装の近代化にも触れておきたい。348までは、いわゆるイタリアンポジションといえる、多くの日本人にとってはしっくりこないドライビングポジションに諦めるほかなかったが、割に改善された。
またエアバッグが前期の終盤(1994年11月)から運転席に採用され、その後、1995年5月からは助手席にも備わった。
他にも細かな違いは数多あるけれど、レセンス読者が興味のある「走り」に関する変遷はこれくらいだろうか。そろそろ走り出そう。
大きな管楽器の中にいるような
現代のスーパーカーにふれる機会が多いならば、F355に乗り込むと少し不安になる。
ホールドがやや希薄に感じられるシートに腰を下ろして見渡す前方は、低く分厚いセンタートンネル、低く薄いダッシュボード、その先に低く伸びるボンネット…。いわゆる現代の「囲まれ感」だらけのコックピットと比較すると、だから不安なのだ。
この個体が社外製のエグゾーストパイプを装着していたこともあり、エンジンが目を覚ますとサウンドが盛大に空気を震わせる。
丸い金属のシフトノブを握り、Hパターンのシフトを1速にインサートすると、カッチャン。金属どうしの触れ合う音に心が高まる。
最初から高音に近いアイドリング音であるが、アクセルを踏み増すとフワアアアアアアン! 軽いけれど厚みのある管楽器のようだ。
2速にカッチャン。2000rpm周辺より上でクラッチを繋ぐ。音量はさらに大きく、高くなる。まるで大きな管楽器の中に自分が入っているような気分になる。
さらに3速、4速、このあたりから脳が弛緩してくる。気が付くと夢中になってシフトを掻き回し、アクセルを踏みつけている。脈が高まっていた。
吸気→圧縮→燃焼→排気。90°ごとに進む工程が、片バンク180°の等間隔で点火(爆発)。もとはと言えば、1秒でも速く走ることを目的とした構造ではあるけれど、結果的に美声に繋がる。美しい話ではないか…。
乗り心地はマイルドで、ハンドリングは今のフェラーリのような鋭敏さがなくナチュラル。信号で停止すると、慣性力に身を任せた香ばしい排気の香りが運転席まで漂ってきた。
あの時代が生んだサラブレッド
1994年に日本に正式輸入された際、ベルリネッタは1490万円、GTSは1550万円、スパイダーは1625万円だった。
それがいまやベルリネッタの場合、フェラーリ・クラシケ取得車ならば2000万円〜、距離が少なければ2500〜2800万円する個体もある。(2022年現在)
純粋に車を味わう楽しみを求めるレセンス読者にとって、相場の話なんてあるいは野暮なことかもしれないけれど、事実、世の中の評価はこのあたりに落ち着いているのである。
今、冷静な視点でF355を見つめると、ボディ剛性を始めとする様々なところに目をつぶる必要があることは認めるほかない。
しかしながら、端正なデザインに、芸術性さえ感じられるサウンドが存在の全てを正当化し、確固たるものにさせる。「替えの効かない」車というのがこの世の中にあって、フェラーリF355 はその筆頭だと断言する。
あの時代だったからこそ生まれたサラブレッド。色褪せることは無さそうだ。
SPEC
フェラーリF355スパイダー
- 全長
- 4250mm
- 全幅
- 1900mm
- 全高
- 1170mm
- ホイールベース
- 2450mm
- トレッド(前)
- 1515mm
- トレッド(後)
- 1615mm
- 車重
- 1490kg
- パワートレイン
- 3.5リッターV型8気筒
- トランスミッション
- 6速MT
- エンジン最高出力
- 380ps/8200rpm
- エンジン最大トルク
- 360Nm/5800rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- ダブルウィッシュボーン
- タイヤ(前)
- 225/40ZR18
- タイヤ(後)
- 265/40ZR18