誰かが選んだ装いに、自分と通じる価値観や、まだ知らなかった美意識を感じたとき──そこにこそ、中古車選びの醍醐味がある。
INDEX
背伸びではない上質さ
このクルマに乗り込んだ瞬間、不思議な安心感に包まれる。高い着座位置、厚みあるステアリング、深く沈み込むシート。すべてが上質で、けれども仰々しさはない。
レンジローバーファミリーに共通する、「豪華であること」を押しつけない英国的な抑制の美意識が、このレンジローバースポーツHSEにもしっかりと反映されている。
テスト車のHSEグレードでは、標準モデルのSEと比べて、サスペンション制御など走行性能面のほか、内装や快適装備にも洗練が施される。ホワイトのオックスフォードレザーシート、静かに艶をまとうようなパネルやトリムの質感。天井を開ければパノラマサンルーフから光が降り注ぐ。
華美にならない、けれど確かな違いがある。その差は、長く付き合うほどにじわじわと効いてくる。この車は、背伸びではなく、静かに選び抜かれた仕立ての上質さをまとっている。
年式を感じさせない装い
ボディカラーは有償オプションとして設定されていた「マリアナ・ブラック」。一見するとブラックだが、光が当たるとネイビーに見える。マリアナ海溝の深い青をイメージして作られたという。
見る角度や天候によって異なる表情を見せ、陰影の奥に静かな気品をたたえる。同じブラックでも、標準設定のサントリーニ・ブラックとはまとう空気がまるで違う。
足元にはAG製の22インチ鍛造ホイール。純正とは異なる装いだが、全体の印象を引き締めるアクセントとなっている。軽量かつ高剛性。見た目の華やかさだけでなく、乗り心地や走行性能にも配慮された、実用と美の両立だ。
2016年製というと、確かに少し古さを感じる年式ではある。だがこの車は、マリアナ・ブラックと鍛造ホイールという仕立てによって、むしろ“今の感性”にフィットする個性を得ている。
踏み込めば、表情が変わる
搭載されるのは3.0リッターV6ガソリンスーパーチャージャー。最大トルク450Nmを3,500回転で発生するエンジンは、踏み出しこそ静かだが、深く踏み込んだときに明確な変化を見せる。
音が変わる。身体の芯に響くような低音が立ち上がる。静粛性を極めたフルサイズレンジでは逆に味わえない刺激。これが「スポーツ」と名のつく理由なのだろう。実際の加速フィールも、数値で表せない余裕と粘りを備えている。
高速域では、どっしりとした安定感が際立つ。ボディ全体が路面を掴むように沈み込み、挙動は常に落ち着いている。エアサスが不快な突き上げを吸収しつつ、適度な反応の早さを保つ。ステアリングには常に適度な重みがあり、入力に対して律儀に応える。SUVとしての安心感と、グランドツアラーのような滑らかさが共存している。
日常と非日常を結ぶSUV
街乗りでは都会的なセンスをまといながら、ひとたび山道やワインディングに足を踏み入れると、本来のレンジらしい安定感と懐の深さが立ち上がる。特にコーナーが続く道では、姿勢変化の少なさが頼もしい。
つまりレンジローバースポーツは、「山にも、街にも似合う」クルマなのだ。これはフルサイズレンジでは少し過剰だし、イヴォークでは足りない。両方の世界にしっくりと溶け込む絶妙な立ち位置を、スポーツは静かに担っている。
弟分ではない
同じ車名を冠する車であっても、スポーツはフルサイズレンジの廉価版ではない。初代(L320型)はディスカバリー3とプラットフォームを共有していたが、スポーティな味付けが施されたモデルだった。
今回試乗した2代目モデル(L494型)では、アルミ製モノコックボディを採用し、軽量化と高剛性を実現。これにより、洗練された走行フィールを手に入れている。
見た目は似ていても、走りの質はまったく異なる。ラグジュアリーを保ちつつ、運転することそのものにフォーカスした味付けが、このモデルの独自性を形づくっている。
フルサイズレンジと比べたときに感じる“緊張感のなさ”もこの車の魅力のひとつだ。フルサイズが王者の威厳を漂わせているのに対し、スポーツはもう少しカジュアルで、日常と地続きの空気をまとう。
構えず、無理せず、それでいて芯のあるデザインとキャラクターが、この車を“自分のもの”として受け入れやすくしている。
出会いはいつも・・・
2016年製というほどよい時間の経過は、この車の“価値”をむしろ高めている。市場では現実的な価格帯に落ち着きながらも、ブランドの威厳と機能は健在だ。
派手さはない。だが、ひと目で「何か違う」と思わせる風格。これは、時間が与えた余裕のようなものかもしれない。
そして何より、新車のように何ヶ月も待つ必要はない。気持ちが動いた、そのタイミングで手に入れられる。中古車とは、そういう“直感の買い物”だ。
こういう一台と出会えるタイミングは、いつもほんの一瞬だけ。
だからやめられないのだ。
SPEC
レンジローバー・スポーツHSE
- 年式
- 2016年
- 全長
- 4855mm
- 全幅
- 1985mm
- 全高
- 1800mm
- ホイールベース
- 2920mm
- トレッド(前)
- 1690mm
- トレッド(後)
- 1685mm
- 車重
- 2140kg
- パワートレイン
- 3リッターV型6気筒スーパーチャージャー(ガソリン)
- エンジン最高出力
- 340ps/6500rpm
- エンジン最大トルク
- 450Nm/3500rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- マルチリンク
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。