限定100台のみ生産されたトヨタ自動車の原点を象徴するクラシック。誤解を恐れず言えば、今の街中にありふれたレクサスなんかよりどこまでも豪華なのではないだろうか。
トヨタ自動車の原点を象徴
1996年、トヨタ自動車が限定100台のみ生産した"トヨタ・クラシック"は、単なるレトロな外観を纏ったクルマではなかった。
デザインソースは、1936年に登場したトヨダAA型乗用車に由来し、トヨタ自動車の原点を象徴する。
現代の技術を用いて往年のデザインを復刻するという試みは、当時としても非常に珍しく、また挑戦的な企画だった。
トヨタ・クラシックの特徴的な外観は、ノスタルジックな美しさと工芸品のような細部へのこだわりが融合している。
丸いヘッドランプ、大胆なフロントグリル(実際にみると、ほんとうに大きい)、そして流れるようなフェンダーラインは、20世紀前半の車両デザインを現代に蘇らせる。
プロポーションは当時の車両が持つ優雅さを忠実に再現しつつも、現代の交通事情に対応した安全基準を満たす形で再設計されているのが、見れば見るほどおもしろい。
ドアを開ければ、ウッドパネルとレザー(それも濃い血のような赤、いかにも英国車のよう)を組み合わせた内装が迎えてくれる。
この時代のクルマに対する敬意ともいえるだろう。
しかし、単なる「見せるクルマ」ではないのがトヨタ・クラシックにおけるポイントだ。
シャシーはトヨタ・ハイラックス(ピックアップトラック)のものを流用し、エンジンには1.8リッター直列4気筒が搭載されている。
最大出力は97psと控えめだが、見た目を大きく裏切る近代的な信頼性とメンテナンス性を兼ね備えている点が魅力だ。
「時間旅行」に誘われる
ドアをキーっと開いて乗り込むと、香りまでクラシックカーなのがふしぎだ。
実際にハンドルを握り、アクセルを踏み込むと、現代のクルマとは異なる「時間旅行」に誘われる。まず驚くのは、エンジン音が意外にも静かであることだ。
この静寂さは、現代のクルマに通じる部分でありながら、クラシックな外観とのギャップが新鮮だ。
動力性能は控えめだが、低速域でのスムーズなトルク感は街中でのクルージングに適している。
当たり前だけれど、スピードを追い求めるものではなく、時間をかけて風景やクルマそのものを楽しむための乗り物だ。
ステアリングは少々重めで遊びが多い。路面からのフィードバックをダイレクトに感じることができる。ときにハンドルが取られることさえあり、クラシックカー的だ。
内装に目を向けると、ウッドステアリングやクラシカルなメーターが、操作するたびに感動を与えてくれる。ドライバーズシートに座るだけで、まるで昭和初期にタイムスリップしたかのような気分だ。
また、視界にはトヨタ・クラシック特有の長いボンネットが広がり、乗っているだけで優雅な時間を過ごしているという実感が湧いてくる。
途中、給油した。物珍しそうにスタッフの方が「これはトヨタの古い車ですか? あたらしい感じもするのですが⋯」と声を掛けてくれた。これこそトヨタ・クラシックを選ぶ人の嬉しいポイントなのかもしれないと思った。
過去と未来を繋ぐ架け橋
トヨタ・クラシックが誕生した背景には、創業60周年を記念して、トヨタの歴史を振り返るという意図があった。
たんなるレプリカではなく、トヨタが過去と未来を繋ぐ架け橋として送り出した象徴的な存在だと私は捉える。
販売当時の価格は、生産工程の多くが手作業のため800万円と高価だったが、その価値は所有する喜びとともに現在でも色褪せない。
この価格設定も、ただの嗜好品ではなく、特別な文化的価値を持つコレクターズアイテムとしての位置づけを物語っている。
全長4895mm、全幅1735mm、全高1750mmという堂々たるサイズ感で、いかにも重厚だ。だが、重量は約1580kgと意外にも軽量に仕上がっており、これがハイラックス由来のシャシーと相まって、しっかりとした走行安定性を実現している。
さらに、現代的な制動装置やエアコンなど、実用的な装備が搭載されている点も、トヨタがいかにこのモデルに真摯に取り組んだかを示している。
現在の中古車相場も、それを示しているだろう。
トヨタ・クラシックは、過去をリスペクトしながら未来へと繋げる「時代を越えた車」だ。その存在は、トヨタがクルマづくりに込める思いと挑戦心を象徴していると言えるだろう。
製造から数十年経った今でも、その輝きは失われることなく、オーナーたちに新たな物語を与え続けている。
SPEC
トヨタ・クラシック
- 年式
- 1997年式
- 全長
- 4885mm
- 全幅
- 1735mm
- 全高
- 1650mm
- ホイールベース
- 2850mm
- 車重
- 1480kg
- パワートレイン
- 2リッター直列4気筒
- トランスミッション
- 4速AT
- エンジン最高出力
- 97ps/4800rpm
- エンジン最大トルク
- 160Nm/3800rpm
- タイヤ(前)
- 205/75R14
- タイヤ(後)
- 205/75R14
上野太朗 Taro Ueno
幼少から車漬け。ミニカー、車ゲーム、車雑誌しか買ってもらえなかった男の末路は、やっぱり車。今、買って買って買ってます。エンジンとかサスとか機構も大事だけれど、納車までの眠れない夜とか、乗ってる自分をこう見られたいとか、買ったからには田舎に錦を飾りにいきたいとか、そんなのも含めて、車趣味だと思います。凝り固まった思想を捨てたら、窓越しの世界がもっと鮮やかになりました。